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「人間になる」 (2)

 投稿者:T.Fujii  投稿日:2014年 8月30日(土)18時04分15秒
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   3歳児未満は、おもちゃを共有して遊ぶことが出来ない、3歳を過ぎるころから、他人と共同する事が出来るようになる、そしてやがて協同作業ができだす・・・、この事を前回書きました。

 4歳からは、この協同作業が本格的に、しかもより積極的に出来るようになります。その手本は、相変わらず母親なのです。皆さんは小学校時代まで、学校から帰ってきた時、「ただいま! お母さんは?」といつも言っていた事を覚えていませんか? お父さんは?と言っていた人はいないと思います。しかも、男女ともにです。それ程に、子供にとって母親は大切な存在なのです。特に女の子は、小学校を卒業してもまだ、母親の背中を見て育ち続けます。日々の仕事、立ち居振る舞い、ものの言い方、父親に対する接し方等々、全てのこと細かいことまで、見て学んでいます。男の子は少々遅くなりますが、小学校高学年からは、母親の所作よりも、父親の行動に興味を持ち始め、それを真似し様とし始めます。しかし、これが自分の考えと違っているときには、父母の考えや行動が受け入れがたく、いわゆる反抗期が始まるのです。そして自我が確立していくときでもあるのです。

 人間性やものの見方・考え方、人間の品性を形成付けるのは、家庭において以外にはどこにもないのです。学校は、効率よく学問を教えるところであって、決して行儀作法や社会のエチケットを教えるところではありません。学校は一つの社会です。社会では守るべきルールが存在します。従ってルールは守るべきものとして、言い換えれば、自分の好き嫌いに関係なくルールは押し付けられてきます。授業の学科に倫理や道徳の時間があっても、それは自分が家庭で教えられたものを、学問的に体系付け、明確に理論的な知識として再認識させてくれるだけです。学校では人格形成の手助けをしてくれるだけで、まずは自らが家庭教育の中で身に付けねばならないのです。この事を理解しないで何でも学校が身に付けてくれると誤解しているやからが、いわゆるモンスターペアレンツになるのです。自らの責任を意識できず、なんでも他人に押し付けて生きている大人は、この意味では決して大人ではなく、一人前の人間とも呼べません。

 では、なぜ大人になりきれない大人が生まれてくるのかを考えましょう。
それは、遠く戦後まで遡らなければなりません。終戦時、焼け野原の中で当時の大人は、今まで聴いたこともなかった「自由」と言うものに直面しました。また、それまで信じてきた軍国主義教育から、聞いたこともない民主主義の世界にほり出されました。当時の先生は、学校では昨日まで正しいと教えていたことがまったく逆になり、何を教えてよいのか分からず混乱していました。当然、大人の中でもほんの少数の人しか子供に向かって、指導的な事が言えない状態でした。大部分は何が自由なのかさえ、理解できていませんでした。それらの人たちによって育てられた子供たちが、戦後のベビーブマーで、この人たちは、大部分が子供をどのように育ててよいか分からず、行き当たりばったりの育て方をしました。だからと言ってその人たちを責める事は出来ません。何しろ日々食べる事で精一杯だったのですから。
 さて、この時代に生まれた人は、どのように育てられたかの記憶がありません。即ち、人として一番大事な育てられ方を記憶してないのです。それでいて子供を持ってしまいました。どのように子供を育てるべきなのか知識も経験もなく、子育てをしますから、子供としても何も教えられずに育ってしまいます。当然、子供の事件が頻発する世の中になったのです。

 人間教育、特に「佳き人間になる」為の1スパンは、1年毎のカレンダーではなく、1ジェネレーション単位で考えなくてはならないのです。いま、戦争のツケが来ている事を認識しなければなりません。日本人の各家庭の言い伝えや習慣が、日本人の伝統文化につながっていくことを、そして「よき人間」を作ることを目指して、ロータリーは日々活動していることを忘れてはいけません。
 これは、私の意見です。

 
 
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